柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

2009-01-01から1年間の記事一覧

「聖霊の働き」 使徒の働き2章37-42節

今日はペンテコステの日です。ペンテコステとは日本語で五旬節すなわち50日という意味です。元々はイスラエルで過越の祭りから数えて50日、麦の収穫感謝のときで、収穫の初穂を神様に感謝してお献げする祭りでした。 しかしこれは私たちクリスチャンには特別…

「キリストの証人となる」 使徒の働き1章3-8節

先週木曜日に神戸の神学校に行きましたとき、マスクをしていた人を多く見ました。私ももちろんマスクをして電車に乗りました。新型インフルエンザはまだ流行っています。「予防は最善の治療である」という言葉を聞いたことがありますが、大切なことだと思い…

「キリストの約束」 ルカ24章44-53節

5月21日(木)はイエス・キリストの昇天日です。キリストが天に昇られるときに大切なことを弟子たちに約束されました。それは、私たち自身の信仰に関わる大切な約束です。それは時間や場所を超越して与えられる神の約束です。 1.罪の赦しが与えられる約束4…

「敬うことの幸い」  申命記5章16節

5月第2の日曜日は母の日です。それは偶然に始まったものではありません。母の日を通して、神様の御心を知ることができます。 1.聖書の言葉より始まった今から約100年前アメリカのウエストバージニア州にある田舎の教会で、ジャービス夫人が子どもたち…

「主の命令」 マタイ28章19-30節 

イエス様は復活され、ガリラヤで弟子たちと会われました。ガリラヤ湖畔で弟子たちは漁をし、一匹もとれなかったのがイエス様の言われたとおりにすると多くの魚が捕れました。そしてイエス様は食事の用意をされ、そこで食事を共にしました。その後にイエス様…

「きよい交わりを求めて」 第1コリント5章9-13節

キリスト信仰は、教会の生活と言うものを大切にします。聖書は教会のない信仰生活は教えていません。 ですから、教会の中で、どのような生活をするかと言うことは、信仰生活にとってきわめて大切なことです。そして教会生活とはどのようなものかと言えば、皆…

「信仰の喜び」  ルカ24章23-34節

イエス・キリストが死の中からよみがえられた、復活の事実は世界を変えます。あの巨大なローマ帝国は滅びましたが、キリスト教はなくなりませんでした。復活の命があるからです。今も国を超え、人種を越えて全世界に信仰は広がっています。 なぜならこの信仰…

「キリストはよみがえられた」第1コリント15章17-22節

イースターおめでとうございます。今日はイエス・キリストが死の中からよみがえられた記念すべき日です。このイースターからキリスト教が始まったと言っても過言ではないと思います。それほどに重要な日です。 それまで安息日は土曜日でしたが、イエス・キリ…

「主の目ざし」  ルカ22章54-62節

今日はシュロの日の日曜日です。ヨハネ12:13を見ると、イエス・キリストがエルサレムに入られたとき人々はシュロの枝を沿道に敷き歓迎しました。その彼らは、1週間も立たないうちに、十字架に付けろと叫び、キリストは十字架に付けられ殺されたのです。人間…

「キリストは変えられる」 第2コリント5章17節

今はちょうど年度替わりの時ですが、私たちの心も新しくされて、新年度を迎えたいと思います。 新しくなりたいと思っても、なかなか変わらないのが人間の心ではないでしょうか。明治の知識人福沢諭吉翁は、飲酒で生涯に大損をしたと告白しました。大阪で学ん…

「新しい粉のかたまり」 第1コリント 5:1〜8

第5章は、パウロがコリントの教会に対して、わたしたちが想像もしないことを指摘することから始まっています。 不品行と言いますが、「父の妻を妻にしている者がいる 1」とは何のことでしょうか。父の妻を妻にしているとは穏やかではありません。同様のこと…

「恵により強くなる」 第2テモテ2章1-7節

テモテへの手紙はパウロが弟子のテモテに個人的に宛てた手紙でしたが、今牧会書簡と呼ばれ聖書の一つの書巻となっています。テモテが奉仕していた教会にも様々な問題があり、彼ももどうしたらいいか困っていました。これは、いわば彼に対する励ましであり、…

「神の助け」  マタイ14章22〜33

この出来事の前には、イエス様は小さなパン5つと二匹の魚を持って5千人以上の人たちの空腹を満たした奇跡が行われました。人々は、そのキリストを王としようとしたのです。(ヨハネ6:15)それで主は一人祈るために山に退かれ、しいて弟子たちを舟に乗り込ませ…

「キリストのあわれみ」  マタイ15章21-31節

聖書にはキリストの顔かたちや身長体格は記されていません。私たちはキリストの姿かたちを知ることはできませんが、キリストがどのようなお方かがわかります。 1.キリストは憐れみ深いかたであるエルサレムでパリサイ人や律法学者の論争があり、イエス様は…

「信仰の力」  イザヤ書30章15-21節

今日はイザヤ書の30章を開きました。そのときの状況は、北にアッシリアという巨大な国がイスラエルを攻めてくるという危機的状況にありました。どうすればいいのか。多くの人は南の大国エジプトを頼ったらい考えました。しかし、エジプトはかつてイスラエル…

「主の日の恵み」 マタイ12章1-4節

日曜日は休みの日です。しかし本当の休息を得ているでしょうか。私たちにとって本当の休みとは何かを考えてみたいと思います。 1.安息日の意味日曜日を聖書では安息日と言っています。元々は、聖書の創世記の所から来ています。神は六日間かかって天地宇宙…

「人生の転機」  創世記17章1-5節

今日は聖書の創世記というところから学びます。創世記とは「はじめ」と言う意味があります。この世のはじめ、人間のはじめ、そして信仰のはじめ、アブラハムと言う人を通して、真の神を信じるすばらしさを知ることができます。何がすばらしいかというと。 1…

「天国の奥義」 マタイの福音書13章10-17節

マタイの福音書13章には有名な種まきのたとえが語られています。なぜたとえを持って語られたのでしょうか。 1.すべての人が救われるためである 種まきの話は、誰でも理解できました。おそらく今でも小学生に、固い土の上と、土が少ししかないところ、い…

「ことばにではなく力に」 第1コリント4章14-21節

すでに4章は、伝道者・牧師とはどのような者であるかと言うことを語っているとお話しました。そして先に学びましたところでは、伝道者は惨めな存在だと言うことが語られていました。 今日の教会では、神に用いられる存在と言えば、よい意味に用いられますが…

「聖なるものとなるため」第1ペテロ1章13-21節

聖会礼拝(午前) 題:「聖なるものとなるため」 聖書:第1ペテロ1:13〜21 「むしろ、あなたがたを召して下さった聖なるかたにならって、あなたがた自身も、あらゆる行いにおいて聖なる者となりなさい。(1:15)聖書に、「わたしが聖なる者であるから、あな…

「新しい神殿」 創世記28章10-22節

今の時代は神殿がありません。今はもう神殿を建てる必要がなくなったからです。その代わりに教会堂があります。そして新しい神殿もあるのです。その意味を聖書からみたいと思います。 一般的に神殿とは、そこで神様を拝む所と理解しています。教会もある意味…

「宣教の開始」   マタイの福音書4章12-17節

マタイの福音書4章にはイエス・キリストが伝道を開始されたことが記されています。ここに、なぜイエス・キリストが私たちに救いを伝えに来たのかがわかります。 1.小さい者への福音どうしてイエス様はイスラエルの北、人も少なくへんぴな所異邦人のガリラ…