真昼の熱い盛りに水を汲みに来たサマリアの女性は、不道徳と見なされ社会や人間関係から疎外されていました。彼女は愛情や世の楽しみに心の満たしを求め続けましたが、それらは一時的であり、心の奥底にある「たましいの渇き」が満たされることはありませんでした。
1,渇きに対する約束
そんな彼女に対し、イエス様は「わたしが与える水を飲む者はいつまでも渇くことが
ない」と語りかけます。それは善行や報いという世の常識を超えた、キリストの愛という「生ける水」聖霊を受けることへの衝撃的な約束でした。イエス様との対話を通じて、彼女の心は次第に開かれ、自らの渇きを認めて「その水をください」と素直に求めるようになります。
2,心の渇きを告白する
イエス様が彼女の不道徳な過去に触れたのは、責めるためではなく、隠れて暮らす闇
の生活から光の中へと導くためでした。彼女が正直に答えると、その心には命の水であるイエス様の愛が注ぎ込まれ、たましいの解放と癒やしが与えられました。
3,渇きをいやされたことの証し
満たされた彼女は大切な水瓶を置き、町の人々にキリストとの出会いを伝えて、喜び
を分かち合いました。
私たちも自分の姿をイエス様に正直に差し出し、命の水(慰め主 ― 御聖霊)を受けて、心を癒やされ、その喜びを周囲と分かち合うことができます。この恵みを受けて、主の愛を伝える者とさせていただきましょう。
(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)