柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「聖霊による開示」 コリント人への手紙 第一 2章11~16節

 猛暑が続き弱さを覚えますが、神様は私たちの心を強めくださいます。

 

1,霊的な存在

 私たちには心があります。しかし人の心は分かりませんし、神のことについては「神の霊」によらなければ分からないのです。
この世で立派でも、自分は天国に入れる資格があると言える人はどれほどいるでしょうか。「御霊によって新しく生まれなければ神の国に入れない」のです(ヨハネ3:5)。


2,神の御霊に属する

 御霊― 聖霊によって 「神が私たちに恵みとして与えてくださったもの」(12節) 救いが、分かるのです。また御霊によって罪人を赦す神の愛は、聖書を通してわかるのです。


3,キリストの心を持つ

 14節と15節の「判断する」とは、裁判で調べるという意味があります。

 聖書で言えば最後の審判― 神のさばきです。そこで私たちのすべては調べられ、天国に入るか、滅びに行くか永遠が決まります。

 主イエスは 「主よ、主よと言うものがみな天国に入るのではなく、父の御心を行う者が入るのである」(マタイ7:21) と言われました。

 神の御心とは、自分の罪を認めキリストの十字架は私の罪のためだったと信じることです。罪の悔い改めがあるなら、誰からも裁かれません。しかも神様の御心が分かるようにして頂けるのです。それが「キリストを心に持つ」心の中にキリストがおられることになるのです。聖霊によってこの恵みを深く味わいましょう。

 

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)

「神の国を求める」ルカの福音書 12章29~32節

 今日、異常気象や戦争のうわさを聞き、終わりの時代に私たちはいます。しかし私たちに神様は素晴らしい約束を与えられます。

 

1,神様は必要を知っておられる

 衣食住は大切です。しかし神様は「心配するのをやめなさい。」と言われます。
心配しても問題は解決しません。イエスさまは「空の鳥を見なさい。蒔くことも刈ることもしないけど、天の父は養っておられる。」と言われました。

 私たちは飲み食いだけで満足できません。むしろ、心が満たされ平安であることで喜びに満たされるのではないでしょうか。

 神様は私たちの必要をご存じです。

 ペテロは「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配して下さる」(Iペテロ5:7)と言っているのです。


2,神の国を求める

 むしろイエス様は「御国を求めなさい。」と言われました。別のことばでは「神の国」とあり、キリストが王となり支配されるのが神の国、御国です。

 「神の国はあなたがたのただ中にある。」と言われましたが、私たちの心がキリストによって治められ、平安が与えられ、すべての思い煩い心配から解放されるのです。

 「小さき群よ、恐れるな。」と主イエスは言われました。12人の弟子から始まり、今やクリスチャンは25億人以上と言われています。私たちは救いに与り、神様が必要を満たし、心に愛と喜びを与えてくださるのです。

 

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)

「世の光として輝く」 ピリピ人への手紙 2章13~17節

 パウロはローマの獄中でこの手紙を書きましたが彼は喜びに満たされていました。

 

1,神は心の内に働かれる

 神様を見ることはできませんが、心の内に神がおられることを信じることができます。12年間長血を患っていた女性も「あの方の衣の房にでも触れば、癒やされる」と信じて触れて癒やされました。キリストは彼女に「あなたの信仰があなたを救ったのです。達者で行きなさい」と言われました。

 ジョン・ウエスレーは先行的恩寵と言いましたが、神様が先に恵みを与えて下さいます。事を行なわせるのは神様です。神様のみこころ、許しなくして、何事もなすことはできないのです。


2,世の光として輝く

 パウロがピリピのクリスチャンに願ったことは「世の光として輝く」ことです。この輝きは「喜び」です。何でも、喜び、感謝する。そのことをパウロは願ったのです。

 「純真」とは混じりけがないという意味があります。私たちも試練を通して、キリストを信じる信仰がますます精錬され、純粋なものとなるのです。また、傷のない神の子どもとありますが、私たちの傷をキリストは十字架によって癒やして下さいます。

 十字架で流された血潮によって私たちの心はきよめられます。それが、純真な傷のない神の子どもの姿なのです。

 神様は私たちのうちに働いて、私たちを世の光、キリストに従う者、喜びに輝く者として下さるのです。

 

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)

「キリストにつながる」ヨハネの福音書 15章4~5節

 キリストは「わたしにとどまりなさい。」と言われます。その目的は何か。「その人は多くの実を結びます。」という約束があるからです。


1, キリストに接ぎ木される

 キリストにとどまるとは、いわばキリストに接ぎ木される事です。キリストは「良い実は良い木になる。悪い木に良い実はならない。実によってその木がわかる。」と言われました。

 私たちは良い実を実らせているでしょうか。渋柿はいくら世話をしても甘い実をならせることはできません。しかし、一つだけ、甘い実を結ぶ方法があります。接ぎ木をすることです。


2, キリストが実を結ぶ

 私たちも自分の人生、ちっとも良い実が実らない。自分が不幸なのは他人のせいにしてしまうことがあるのではないでしょうか。

 実は、自分を不幸にしているのは、自分自身です。自分が渋柿であることを知らなければなりません。

 キリストは身を切って、血が流れる十字架の切り口を持って「わたしにつながりなさい」と言われます。

 私たちも自分の罪を認めてキリストに繋がり、キリストにとどまるなら、キリストを信じるなら、キリストは私たちの心の中にとどまって下さり、キリストが実を結んで下さるのです。

 私たちが実を結ぶ必要はないのです。すべて、キリストが私たちのうちにあって、愛や喜び、平安の実を豊かに実らせて下さいます。(ガラテヤ5:22,23)

 

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)

「神の知恵」 コリント人への手紙 第一 2章6~10節

 私たちは、この世で様々な問題や困難に遭遇します。しかし神様は私たちにその解決を与えて下さいます。

 

1,神の知恵

 私たちは、問題の解決に人の助言を求めます。しかしパウロは永遠の知恵、どんな時でもどんな所でも、私たちに励ましと力を与え、希望を持たせる知恵を語りました。

 それは神の知恵キリストです(Ⅰコリント1:24)。この世はキリストを知りませんでした (ヨハネ1:10~11)。そして背後にはサタンがいました。
サタンは、その神のひとり子を殺して勝利を得ようとしたのです。ところがキリストは死の中からよみがえられ、死に勝利されたのです。

 その目的は、信じる私たちもキリストの栄光、勝利にあずかることです。十字架には、罪に打ち勝つ力があります。私たちの罪がすべて十字架で赦され、新しいいのちに生きることができるのです。


2,御霊の啓示

 それを教えて下さるのは御霊です。御霊とはもう一人の別の助け主、聖霊です。聖霊が私たちの心の中に、神の思いを明らかにして下さるのです。これが啓示です。
大事な事は9節にある「神を愛する者たちに備えて下さった」ということです。愛がなければ、聖書の神は分かりません (Ⅰヨハネ4::8)。

 キリスト教の救いは愛にあります。クリスチャンになったら、愛が足りないことがわかります。自分で愛を満たすことはできません。

 聖霊は私たちの心の内に、神の愛の深さを示して下さり、神の愛で私たちを満たして下さいます。私たちは常に内住のキリスト―聖霊を心の王座にいただき、神のみこころの中を歩みましょう。

 

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)

「聖霊の働き」使徒の働き 2章17節

 ペンテコステは収穫感謝祭でしたが、イエス様が復活された後の50日目にも当たります。


1,約束の成就

 2:17のみことばはヨエル2章28節のみことばです。ヨエル書にはイナゴの災いが出てきますが、今日でも自然災害が発生しています。では希望がないのか。ヨエルは神による公正な裁きイスラエルの復興を語っています。

 私たちには救い主イエスが再臨され、正しいさばきをなされる約束が与えられています。


2,神の霊が注がれる

 大切なのは、神の霊が注がれることです。このことがペンテコステのときに実現しました。弟子たちは大胆にキリストの事を話し、人々は心刺され、悔い改めてバプテスマを受けました。イエス様は使徒1:8で「聖霊があなたがたの上に臨むとき、…地の果てまで、わたしの証人となります」と約束されたとおりに、弟子たちは力を受け、キリストの証人となったのです。

 キリストを証しするには力が必要です。
エス様は「父は、もう一人の助け主、聖霊を遣わす」「助け主は、あなた方とともにおられ、あなたがたのうちにおられるようになる」(ヨハネ14:16、17)と約束されました。聖霊を受けるなら大胆に証しできます。


3,聖霊の働き

 聖霊働きは「預言」です。預言は神様が起こるべき事を預言者に示し、他の人に語ることです。次に「幻」が与えられることです。青年たちに将来のビジョン幻が与えられ、働きが前進します。老人には「夢」が与えられます。死後の希望です。キリストにより永遠のいのちが与えられ、栄光の体に復活するのです。それらがすべて、聖霊の働きとして実現するのです。

 

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)

 

「約束を待つ」 使徒の働き 1章3~8節

 ペンテコステの時に、人を恐れ隠れていた弟子たちは、変えられて、表に出て大胆にイエス様が真の救い主であると証ししました。

 

1,神の国の期待

 イエス様は死の中からよみがえられ、ご自分が今も生きておられることを弟子たちに証しされました。天に昇られる前、大切なことを語られました。それは「神の国」のことです。神の国とは、神が支配される国です。

 神の国はこの世の王国とは異なります。

 キリストが平和の君となって支配されることです。そこには争いがなく、仲良く暮らし全てのものが平和に暮らすことができます。

 キリストを心に迎えるなら、心が平安に満たされます。


2,父の約束を待つ

 私たちのなすことは、神様の約束を祈って待つことです。イエス様は弟子たちに「エルサレムを離れないで」と言われました。弟子たちはイエス様を裏切り逃げた者たちです。

 私たちも同じ弱さがあると思います。苦しみから逃げようとします。それでは神様はどんな解決を与えられるでしょうか。


3,聖霊によるバプテスマ

 「聖霊によるバプテスマ」とは聖霊が心の内に臨まれ、私たちのかたくなな心を打ち砕き、不信仰や不従順を破壊し、心をきよめ、神の愛で満たし溢れさせます。神に対する感謝と喜びが内側からあふれ出てくるのです。

 私たちの心にも、聖霊は臨まれ、心の中に入って下さいます。私たちも神の力を受けて地の果てまでキリストの証人とさせて頂きましょう。

 

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)