柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「キリストの福音に生きる」ピリピ1章27-30節

獄中にいたパウロは、ピリピの人たちに励ましの手紙を送りました。苦しみにあっている人が励ましを与えられるものこそ本物の信仰であり、神の力が現されていることではないでしょうか。

1,キリストの福音を生活する
 パウロは牢獄にあってただ一つ、ピリピの人たちにお願いをすることがありました。それは「キリストの福音にふさわしく生活しなさい」ということです。
 まず、キリストの福音とは何か。キリストの十字架と復活です。イエス・キリストは、私たちの罪を身代わりに背負い、十字架の上で死んで下さった。そのことにより、私たちのすべての罪が赦される。私たちは罪の束縛、苦しみを受けて生きるのではなく、まったく解放されて生きることが出来る。いわば、罪に悩まされない、罪に支配されない生き方をする。もっと簡単に言えば、劣等感や、恐れや不安などに悩んで生きないということです。
 パウロは、21節で「死ぬことも益です」と言ったのは、まさに、自我の死であり、ガラテヤ2:20では、「私はキリストと共に十字架に付けられた」と言っていることです。私たちが罪や不安に生きることを、神様は願ってはおられません。神様は罪に打ち勝つ生き方を願い、また与えて下さる方です。その実証が、弟子たちを通して証しされ、そしてパウロもまたイエス・キリストによって、彼自身が造り変えられたのです。キリストを迫害する者から、キリストを宣べ伝える者となったのが良い例です。
 そして、もう一つ大切な福音はキリストが生きておられることです。キリストはよみがえり、天に帰られましたけれども、約束を与えられました。それは、もう一人の助け主、御聖霊です。聖霊が遣わされ、私たちの心の内に働いて下さり、御言葉を思い起こさせて下さって、私たちをキリストのように生かして下さる方です。私たちの原動力は、自分の信仰ではありません。御聖霊が原動力です。
 たとえて言えば、電気です。蛍光灯も電気がなければ光りません。エアコンも動きません。マイクも働きません。信仰は、スイッチのようなものです。それをつけさえするなら、動くのです。電気の力が動かせるのです。ですから、私たちも信仰のスイッチを押すなら、信じるなら、御聖霊は働かれます。私たちを励まし、力を与えどんな困難にも勝利させて下さるのです。

2,キリストのための苦しみ
 パウロはこの手紙をローマの牢獄で書きました。いわば信仰の故に迫害を受け、試練の中にいたのですが、彼は勝利していました。
 なぜなら、「どんなことがあっても反対者に驚かせられない」と言っています。彼は信仰の故に、ピリピで迫害を受けました。鞭で打たれ牢獄に入れられたのです。それでも彼は苦難の中に神様を賛美し、祈りを献げたのです。彼の心は感謝で満たされていました。喜びに溢れていたのです。それが彼の福音でした。キリストの福音の中に生かされ、敵に勝利することが出来たのです。敵とは誰か。イエス・キリストに敵対する悪魔―サタンです。パウロはサタンに勝利しました。また、彼と同じ信仰を持つなら、信仰のスイッチを入れるなら、御聖霊は働かれます。
 一つの霊とは御聖霊です。御聖霊によって私たちは一つとなることが出来ます。そして、私たちは一つ心となって、信仰において共に奮闘出来るのです。一人の力は弱いです。敵に負けます。しかし御聖霊が働かれて、心を一つにして奮闘するなら、敵に勝利することが出来るのです。
 神が味方であるなら、誰も敵し得ません。私たちは打ち勝って行くことができます。共に喜ぶことが出来ます。
 これが私たちに対する救いのしるしであり、そして、これは神から出てくるのです。

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)