柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「救い主を求めるエレミヤ29章11-13節

今日からアドベント(待降節)、キリストの誕生を待ち望む時となります。クリスマスはクリスチャンでなくても楽しい時ではないかと思います。ごちそうを食べ、プレゼントがもらえる楽しみがあります。
さらには神様は私たちに素晴らしいプレゼントを与えてくださいます。


1,救いの計画

まず、このところで神様はエレミヤに預言のことを知らせました。それは、バビロンで捕囚となったユダヤの人々が解放されて、国に帰れることです。バビロン捕囚からの帰還を約束されたのです。
元々は、ダビデ・ソロモンの時代に栄えていました。ところが、国が豊になった時、イスラエルは傲慢になり、国に分裂争いが生じて二つに分かれたのです。その後、偶像礼拝によってついには滅びてしまったのです。偶像礼拝については、モーセの時代に神様は十戒を与え、「わたし以外の者を神としてはならない。刻んだものを作って拝んではならない」と偶像礼拝を禁じていたのです。しかし、ソロモンの時代に国は栄え、外国と交流をなし、偶像が入ってきました。これくらいのことと容認したことが間違いで、彼らは神様の祝福を失い、争い、滅びの道を下っていったのです。
ですから、バビロン捕囚、イスラエルの崩壊はやむを得ないことでした。それによって、神の正義が表わされるためだったのです。真の神様は、たとえ神の選ばれたイスラエルであったとしても自らの義をもって裁かれ、悪を滅ぼし尽くされる方であるのです。私たちは神を侮ってはならないのです。
しかし、神様の計画は滅ぼすことではなく、ご自身の憐れみによって、罪を悔い改め立ち返ってくるイスラエルに祝福を与えられるお方です。
私たちも神に対して罪を犯しました。誰一人初めから信じて、したがっていた人は一人もいないのです。すべて、罪を犯し神を無視して生きていた者です。滅ぼされても当然であったものが、ただ神のあわれみにより、そしてイエス・キリストの十字架の犠牲によって赦されて、救いに預かることができたのです。ですから、私たちは今、クリスマスをお祝いするのです。何よりも、永遠のいのちが与えられる。このことを喜ぶものでありたいと思います。


2,平安と将来、希望を与える計画

そして神様は、これは滅びの計画ではなく、平安を与える計画であるといわれています。平安とは平和のことです。日本は73年間平和でした。これからどうなるか解りません。戦争が起こるかもしれません。しかし、神様は「わたしは平安を与える」といわれています。イエス様はわたしの与える平安は世が与える平安と異なると言われました。永遠の平安です。そして、さらに、将来と希望を与えると言われました。神様の与える希望は失望に終わることがありません。パウロはそのことをローマ人の手紙で証しています。そしてこの希望は聖霊によって注がれている、なくなることはないのです。さらに将来とは未来すなわち、天国で生きることです。私たちの罪咎が赦され、天国に入れる希望があるのです。それを与えて下さるのは神様です。


3,救い主を求める

今私たちにできることは、主を求めることです。毎日のニュースをみるなら、如何にこの世が汚れ、悪に染まり、滅びに向かって行っているか解ります。私たちもこの世と共に滅んで良いのでしょうか。今は救いを求めるときです。私たちが神様に祈るなら、応えて下さいます。東方の三人の博士たちも心を尽くして主を求めました。そして、ベツレヘムの家畜小屋で救い主をみることができ、膝をかがめて礼拝したのです。私たちもそのクリスマスの恵み、栄光に預かることができるのです。


(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)