柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「神の力」ローマ1章16-17節

11月2日は召天者記念礼拝です。先に天国に召された方々を偲び、神様の救いの力を再確認するときです。最近ハロウィンという言葉を聞きます。また、ショーウインドーにカボチャのお化けが展示されているのを見ます。ヨーロッパの習俗です。怖いものに打ち勝つ、永遠のいのちを知らしめるために、この召天者記念礼拝があるのです。


1,救いを得させる力

ここに福音という言葉が出てきます。福音とは、良い知らせと言うことです。Good Newsです。何が良い知らせなのでしょうか。ここでは救いを得させる神の力と言われています。それは、死の滅びからの救いです。死は恐ろしいものです。この世の一切はそれで終わってしまいます。死んだ人とは話もできませんし、交わることもできません。死は私たちを離れさせ、むなしいものにしてしまいます。
しかし、神様は私たちに死に勝つ救いを与えて下さったのです。それが、喜びの知らせでした。人間は何で死ぬのでしょうか。それは、聖書に出てくる「罪」に原因があります。「罪の支払う報酬は死である」(ローマ6:23)とあります。人間が罪を犯したために神からの栄光を受けられなくなり(ローマ3:23)、ついには永遠の滅び、死に至るのです。
一体誰が私たちを死の滅びから救い出してくれるのでしょうか。それは、神のひとり子イエス・キリストです。この世には完全なものは何一つありません。私たちも不完全であり、すべてのものが朽ち果て滅びるのです。
しかし、ただ一人だけ、イエス・キリストだけが完全なお方でした。なぜ私たちの所に来る必要があったのでしょうか。それは私たちを救うためです。どのように救われるのでしょうか。十字架にかかって、私たちのすべての罪の代価を十字架で払って下さいました。ですから、十字架には力があるのです。私たちの犯した罪を赦し、罪の精算が十字架でなされたのです。その十字架を信じるなら、すべての罪はゆるされ、天国に入ることができるのです。今、なぜ十字架をシンボルとしているのでしょうか。その赦しを、いつも覚えるためです。そのために、十字架が掲げられ、イエス・キリストが私のために、命を捨てて下さって愛しておられると確信し、罪に打ち勝つことができるのです。そして、死に打ち勝つ信仰、天国に入れる確信が与えられるのです。


2,信じて生きる力

神様はわたしたちに,信仰の力を与えて下さいます。私たちは、罪人ですから正しい生き方ができません。しかし、信仰によって生かして下さいます。
宗教改革を行ったマルチン・ルターは「義人は信仰によって生きる」と、この御言葉によって立ち上がり、生きる希望を見いだしたのです。なぜなら、彼は友人の死が最大のショックでした。雷に打たれて、今し方一緒に遊んでいた友が死んだのです。それが、信仰に入るきっかけでした。そして、死に打ち勝つ勝利を、信仰によって得られたのです。
何を信じるのか。それは、死の中からよみがえられたイエス・キリストを信じる信仰です。イエス・キリストは復活され死に打ち勝たれました。「私はよみがえりでありいのちである。私を信じるものはたとえ死んでも生きる」と約束されたのです。
私たちもまた、イエス・キリストを信じ、罪の赦し、罪に打ち勝つ力が与えられ、永遠のいのちの希望を持って生きるものとさせて頂きましょう。


       (宣教者: 柏原教会牧師  西本耕一)