柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「復活のいのちに生きる」?コリント15章20-22節

イースターおめでとうございます。イースター―復活祭、すなわちイエス・キリストの復活を喜び感謝できることは幸いです。キリストの復活がなければ私たちは救われませんでした。
逆に言うなら、たとえ私たちがどんな悪人であっても救われるのです。キリストの復活により、死は滅ぼされ、私たちも新しいいのちに生かされることができるのです。


1,救いの保証

復活は、一つには救いの保証です。十字架は空しくなかった、と言うことです。それは17節に、もしキリストが甦られなかったら、信仰は空しい、そして今もなお、罪の中にいるとパウロは言いました。
キリストの十字架は何のためだったでしょうか。私たちの罪の赦しのためでした。赦すために、キリストは身代わりとなって十字架にかかって下さったのです。これほど恐ろしい刑罰はありません。生きている人間を釘付けにし、さらし者にする、そんな恐ろしい裁きを、キリストは私たちを赦すために身代わりとなって受けてくださったのです。
そして、その保証が、キリストの復活です。その証拠に、イエス・キリストが甦られた夜、キリストは弟子たちのところに現れました。弟子たちは、キリストを見て喜んだのです。約束通り甦られた、そして彼らは罪の赦しを確信したのです。後、聖霊の力によって大胆に証し、多くの人が救われることになりました。


2,キリストによって生かされる

私たちは、アダムの子孫です。人神によって造られ、いのちが与えられたにもかかわらず、神に逆らい、不従順なものとなってしまったのです。
そんな私たちを神様は愛され、ひとり子イエス・キリストを救いのために遣わされました。それでも私たちは受け入れず反逆し、逆らってきたのです。 
アダムは自分の失敗、罪をエバのせいにしました。エバも同じように言い訳をしました。それが私たちの姿です。その罪の行く先は滅びです。
私たちを救うために、キリストは十字架にかかり、命を捨ててくださったのです。その結果、私たちはキリストの十字架の故に、義とされました。まったく罪のない方が裁かれ、罪を犯してきた者が赦されて、神の子とされたのです。驚くべき恵みです。

この恵みはただ信仰によってのみ受けることができるのです。信じることにより、私たちは神の子となり、そして復活の恵みに預かることができるのです。キリストは、その初穂として、よみがえり、天の御国で生きることを召命されました。私たちも信仰を持ってこの事を受け入れ、死に打ち勝ち、罪に勝利して生きる者とさせていただきましょう。

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)