柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「豊かな人生の方法」ルカ8章10-15節

今はちょうど実りの秋です。新米がれとたり、梨や柿など果物の美味しい季節です。私たちの人生も実りの多いものに神様はして下さいます。その方法が聖書に記されているのです。


1,真理のたとえ

エス様はよく人々にたとえを語られました。ここでも種蒔きのたとえを話されました。なぜ、たとえで語られたのか理由があります。実は、イエス様について来た人々には2種類ありました。
一つは群衆です。彼らはイエス様がなされることに興味がありました。不思議な業を見たい、そうした好奇心を持ってイエス様について行ったのです。不思議な御業を見て驚いたり、褒め称えたりしますけれども、信じて従って行くと言うことはありませんでした。
もう一つは弟子たちです。彼らはいつもイエス様とともにおり、もちろん群衆と同じように奇跡を見たり、神を崇めることがありましたが、彼らはキリストに従う人たちであったのです。確かに人間的弱さがあり、最後の晩餐でも「獄屋までもついて行きます」と言いながらもできなかったのですが、弟子は師にとことんついて行くものです。
たとえ話は、自然で理にかなった具体的でわかりやすい話なのですが、そこにはさらに深い真理が隠されています。イエス様は「聞く耳のあるものは聞くがよい」と言われました。聞くことはつまり、霊的理解と受容を意味しているのです。信仰は聞くことから始まります。そして、キリストについて知ることによって救われるのです(ローマ10:17)。不思議な御業を求めていった群衆には、真理がわかりませんでしたが、たとえ困難でも従って行く弟子たちにイエス様は、真理、すなわち神の国の奥義を知らされたのです。


2,人生を豊かにする方法

(1)御言葉を聞く
エス様がたとえで語られた種とは、神の言葉です。神の言葉には力があります。まさに種のようです。種そのものは変化がありません。しかし、土に蒔かれると芽が出て花が咲き、そして豊かに実を結ぶのです。御言葉には力があり、私たちを励まし慰め、人生を豊かにすることができるのです。

(2)土地の状態
種だけでは実は結ばれません。収穫を得るためには土地が必要です。「種蒔きのたとえ」ですが、これは「土地のたとえ」といえるかもしれません。土地の状態によって収穫は変わってきます。この土地は人の心を現しています。
豊かな実を結ばない土地が3種類出てきます。一つは道ばたです。人が行き交い、堅くなっています。今は、情報反乱の時代です。いったい何を信じたらいいのかわからない時代です。その反作用として、人の心は堅くなり、救いの真理を受け入れられません。信じるのが難しい時代です。ですから、救いの言葉を聞いても受け入れられないのです。そして、サタンは神の力である御言葉を奪い去っていくのです。
第二は、岩の上に落ちた種があります。喜んで受け入れるけれども、根がないので枯れてしまいます。それは、忍耐を意味しています。試練があると、とたんに引っ込んでしまい、せっかく蒔かれた種は成長しないのです。忍耐が与えられると、必ず困難は乗り越えられます。
第三は、茨の中に蒔かれた種です。土地もよく耕され実を結ぶに十分なのですが、茨や雑草がそれをふさぎ、成長を邪魔するのです。実を結んでも、小さなものしかなりません。その場合は雑草を取り除くことです。教会では、御言葉の種を蒔く「伝道集会」がもたれ、心の雑草を取り除く「聖会」が開かれるのです。
私たちの心が豊になり、ただ神の言葉を信じて内にいただくなら、必ず豊かな実を結びます(15節)。私たちは、心の内に神の御言葉をいただき、下に根を張り忍耐を持って実を結ばせていただきましょう。


  (宣教者: 柏原教会牧師  西本耕一)