柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「真理に生きる」2コリント13章7-8節

コリントはギリシアの地中海に面した港町でしたが、そこにも福音が伝えられました。多くの人々が救われ教会が建てられましたが問題もありました。この世の道徳的腐敗や不品行分裂分派というようなことが教会の中にも起こったのです。それを正すために、信仰の回復が与えられるようにとパウロは手紙を書きました。この手紙は私たちに取っても大きな励ましとなります。


1,パウロの願い

7節を見ますと「どんな悪をも行わない、…正しい行いをしてもらいたい」とあります。それは単に、人から見ての悪い行いとかよい行いと言うだけの意味ではありません。むしろ、すべてのものを造られ支配をされておられる神様の前に正しいことであるか間違っているかが問われています。
コリントの教会の人たちはパウロからの手紙を通して自分たちが間違っていたことが分かり悔い改めました。幾分か立ち直って来たのですが、まだ悔い改めていない人たちに対してさらなる注意を与えました。
それはまさに親が子どもを叱るような愛をもってコリントの人たちを諭したのです。それは「私たち自身の的確であることが明らかになるというのではなく」という言葉に表れています。自分の正しさが認められなくても、他の人たちにだめだと自分たちが思われても、あなたがたに神の前で正しい行いをしてもらいたいとのパウロの思いが表れています。


2,真理に生きる

8節に真理ということばがあります。「真理」とはどんな時代でも、どんなところでも永遠に変わらない普遍的なものです。そして、聖書が言っている「真理」とは無機質な冷たい真理ではありません。むしろ血の通った愛に溢れるものが、聖書で言うところの「真理」なのです。
エス様は「真理はあなたがたを自由にします」(ヨハネ8:32)と言われました。その真理とは何でしょうか。それはイエス・キリスト御自身です。なぜならイエス様は自ら「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」(ヨハネ14:6)と言われました。キリスト御自身が真理なのです。しかも命の源であり、私たちの生きる道です。
「私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。」(?コリント13:8)とはパウロの体験であると思います。彼はキリストに逆らう人でした。彼は心の中で苦悩していました。しかし、キリストの愛に捕らえられ、キリスト御自身にすべてを明け渡していくときに大きな神の働きができたのです。コリントの伝道もそうでした。おおよそ神の御心に、程遠いコリントの人たちが救われ、教会が誕生したのです。それは奇跡であり、神のわざでした。私たちは神様を信じ委ねていくときに大きな働きができるのです。
10月31日は宗教改革記念日です。マルチン・ルターがウイッテンベルグ城にカトリック教会に対する95箇条の抗議文を張り出したのがこの日とされています。彼はカトリックから破門され、ドイツ皇帝から国会の喚問を受けるように言われ、友人が殺されると忠告しましたが国会に出向きました。彼には、「義人は信仰によって生きる」という大きな確信がありました。
そして彼は真理に従って行動したのです。その結果プロテスタント教会が誕生しました。私たちの教会もその流れを汲む教会です。ルターもまたパウロと同じように、「真理のためなら、何でもできる」という同じ信仰を持って立ち向かっていったことでしょう。
今の時代にも、私たちは神様に真理に従うことが問われているのではないでしょうか。私たちも真理であるイエス様に逆らっては何もできません。しかしパウロのように、私のために十字架で死んで下さったイエス様のためならば、喜んで何でもできるのではないでしょうか。私たちもまた真理であるイエス様に活かされて、神様の喜ばれることを成し遂げさせていただきたいと願います。


           (宣教者: 柏原教会牧師  西本耕一)