柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「人生にバイパスはない」ヨハネによる福音書14章6節

                                    (夕礼拝での説教)

 世の中にはバイパスがたくさんあります。細くて険しい道しかなかった昔から、抜け道、近道、たくさんありました。今やバイパスの時代です。広くて真っ直ぐで、早く行くことができるバイパスが至る所に作られています。心臓冠状動脈バイパス手術というのが開始され、多くの人たちがその手術を受けて助かっておられます。

Ⅰ.天に通じるただ一つの道
 「私はつくづく、人生には最後に『死』に集約される、困難や苦しみをバイパスして、天国とか永遠の命に至る道はない。『人生にバイパスはない』ということをしみじみ感じている」とおっしゃった方がおられます。
 思えば、人間は自分の力で天にまで届こうと、昔から努力してきました。その一つの例が聖書の最初の「創世記」に出てくるバベルの塔でしたが、それは人間の思い上がりと、結局はその空しさの象徴でしかありませんでした。そのように、お金の力、地位の権力、軍事力、知識力をもってしても、死と死後の審きをバイパスすることはできないのです。
 『わたしは道であり』との「道」は、英語の聖書で「the way」と冠詞がついており、限定されたただ一つの道であることを意味しています。イエス・キリストは父なる神からつかわされたお方ですから、『だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない』と、断定的におっしゃったのです。そのように、将来の方向づけが確立されると、一時的な快楽に溺れることもなく、様々な苦難や試練を乗り越えていくことができるのです。

Ⅱ.人生における在り方を示す唯一の道 
 日本人は「道」という言葉を好みます。柔道、剣道、茶道、花道といったように、そこにはそれぞれの在り方とでも言うべき、きまりがあります。その意味では、人間が生きる上での在り方として「人生道」が必要なのではないでしょうか。それがなければならないはずなのに、それが分からないばっかりに、悩んで、迷ってしまっているのではないでしょうか。
 キリストが人生の確かな、間違いのない道であるということが分かります時、ちょうど私たちが時計の時報に合わせるように、キリストにその生活の規準を合わせることによって、不安のない迷いのない人生道を歩んでいくことができるようになるのです。
  その意味では、一人ひとりが、キリストに向かって軌道修正をする必要があるのではないでしょうか。

Ⅲ.それらを拓いてくださった唯一の道
 旧約聖書が書かれたへブル語によりますと、「道」を表わす言葉「デレク」は、その動詞の「踏みつける」という語から名詞化したものと言われています。そう言えば道というのは、本来、踏みつけられてできるものです。キリストご自身が『わたしが道であり』とおっしゃった時、踏みつけられて道となることを意味して語られました。事実キリストは、私たちのような罪びとに、あの十字架に踏みつけられて道となってくださったのでした。私たち一人ひとりが、神に向かって、神と共に、神のお心に従って生きるべきはずの道を踏みはずした者を赦し、『父のみもとに行く』ことができるようにしてくださったのです。
 備えていてくださっている道を踏みはずした罪を悔い改め、十字架のゆえに道となってくださったキリストを信じてこの道に従っていくほかに、人生のバイパスはないのです。もはやためらう必要はありません。キリストこそ唯一の道です。

                  (説教者:柏原教会牧師 川原崎晃)