柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「恵が追いかけてくる!」 詩篇23篇1−6節

  イエス・キリストによって救われた私たちを「追いかけてくる」ものがあることを聖書は記しています。
「まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと/恵みとが、私を追って来るでしょう」(6節、新改訳聖書)。
 恵みが追いかけてくる。原語では執拗に追ってくるという意味あいがあります。


1.恵みは途切れることがない(3節)

 羊は食べることや飲むこと、休むことなどの生存の一切を、羊飼いに全く依存しています。そして羊は転んでも起きあがれず死に至るほど弱い存在であり、絶えず羊飼いの見守りが必要です。
 私たちも生活の一切−地球環境−を神様に用意していただいています。そしてクリスチャンは、「良い羊飼い」であるイエス様に日々養われ導かれていますが、時として罪を犯したり、到底恵みに思えないような、羊が転んで魂の死に直面するような体験をすることがあります。しかしイエス様は私たちを助け起こし、その魂をあふれる命に生き返らせ、ご自身の御名にかけて、私たちが歩むべき「義の道」、「正しい道」に最後まで導き通して下さいます。私たちが、恵みが途切れていると思う時も、神様の恵みは決して途切れていることがないのです。


2.恵みがあふれている(4,5節)

 羊飼いと羊は牧草地を移動します。時には猛獣の潜む谷を通らなければなりませんが、羊飼いはむちと杖で羊を守り通してくれます。そればかりではなく、猛獣の存在を前にしながら、悠々と谷底の清らかな水を飲み、無事に「死の陰の谷」を通過するのです。
 イエス様に導かれる義の道にあっても、敵や問題の林立するような、谷のようなどん底を通らなければならないことがあります。しかし私たちは、それらに自分の力で立ち向かい戦うのではありません。羊飼いであるイエス様が戦われます。そして私たちは、それらを目の前にしながらも、イエス様のあふれる恵みのもてなしを受け、イエス様によって無事に通過させていただくのです。


3.恵みが追いかけてくる(6節)
 毎日の生活の中で途切れることのない恵みを受け、困難の中にあってもあふれる恵みを受け続ける私たちは、この「良い羊飼い」であるイエス様を伝えずにはおれません。じっとしていては恵みは追いかけることができません。私たちがイエス様を伝えるために出て行く時、追いかける恵みを周りの方々が目撃するのです。
 イエス様は「良い羊飼い」として私たちを救うために十字架にかかられました。「神の子羊」として、羊のように弱い私たちの苦しみやもろさ、悲しみを経験し、私たちの罪のさばきである十字架で犠牲となって下さいました。そして永遠の住まいまで用意して下さっている。この仕え続けて下さっている恵み主イエス様にお従いし続け、尚お仕えしてまいりましょう。周りの方々に、このイエス様とその恵みをお伝えし、イエス様のように仕えてまいりましょう。


恵みはどこへ行くにも追いかけてくる。「いのちの日の限り」です。この恵みを周りの方々に共に見ていただき、共に味わっていただこうではないでしょうか。

(内田 純 神学生)