柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「光を輝かせる」マタイ5章14-16節

今の時代はどのような時代でしょうか。ニュースを見るときほとんどが悪いことのように思われます。このくらい時代にこそ、イエス・キリストを信じて救われた者は救いの光を輝かせるときであると思います。

 
1,光の源

今年は電力不足で節電が奨励されています。今年のクリスマス・イルミネーションはどのようになるでしょうか。電球を輝かせるのは電気です。いくら精巧な素晴らしい電球であっても、電気が来なければ光りません。それと同じようにイエス様を信じて救われたクリスチャンも自分自身だけで輝くことはできないのです。もし輝いたとしても直ぐ尽きてしまうでしょう。
マタイ25章には十人のおとめの話が出てきます。その中で五人のおとめは油が切れて、花婿を迎えに行けなかったことが語られています。そこで大切なことは、たとえ灯火を持っていても油がなければ火は消えてしまうということです。灯火に油が必要なように、イエス様を信じた人は聖霊の働きが必要です。それは不可欠です。私たちがもし、輝きたいとすれば、まず聖霊に私たち自身が満たされなければなりません。ローマ 12章11節を見ますと「 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。」とパウロは勧めています。クリスチャンはまじめに奉仕をしたい、主に仕えたいと願うのですが、それは自分の力ではなく、「霊に燃える」すなわち聖霊によって慰めと励ましが与えられて心が沸き立たせられることです。それは、御言葉によって祈りによって与えられます。天の父は私たちによきものを与えられる。聖霊を与えると約束されているのです(ルカ11:13)。私たちはまず、自分の心を聖霊で満たしていただきたいと思います。


2,キリストが輝く

私たちに聖霊の働きが必要であることがわかりましたが、輝くのは私たち自身でもありません。輝くのは私たちの内におられるキリストが輝かれるのです。ヨハネ福音書12章を見ますと、イエス様は姦淫の罪を犯した女性を赦されました。そして、その後で「わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8:12)と言われました。イエス・キリスト御自身が世の光です。昔ランプを使ったことがありました。最初は明るかったのですが、だんだん暗くなりました。ランプの中にすすが溜まったのです。しかし、それをきれいにすると非常に明るくなりました。
私たちの心はどうでしょうか。世の光であるキリストの光が輝き出ているでしょうか。もしそうでなければ、光を止めているものが内側にあることを知らなければなりません。私たちを曇らせるものは私たちの内側にある罪です。それは、犯罪のような罪ではなくて、私たちをガッカリさせたり落ち込んだり、心痛めるものです。内心の罪です。そのようなものを私たちは取り除いていただかなければならないのです。それを取り除くのは十字架の血潮です。十字架の血によって、私たちは洗われ、罪汚れが取り除かれきよめられることができるのです。どんな時にでも、私たちは十字架を仰ぐ者でありたいですし、流された血潮によって心きよめられるものとなりたいと思います。


3,なぜ輝きが必要か

それは、私たちだけのためではありません。それは、この世の人々が、父なる神様を崇めるためです。なぜなら、天の父は十字架の大きな代価を払って、私たちを自分の子として下さったからです。私たちには、天国で永遠に生きる大きな特権が与えられています。父なる神様はすべての人が救われることを願っておられます。そして、その人たちも救われて、私たちと一緒に父なる神様を崇めることを願っておられるのです。
そのことがなるように、私たちは内におられるキリストを輝かせるものとさせていただきましょう。


   (宣教者: 柏原教会牧師  西本耕一)