柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「罪の赦しと聖霊」使徒2章36-38節

今日はペンテコステ(聖霊降臨日)の礼拝です。イエス様が十字架にかけられ、死の中からよみがえられ、天に帰って行かれました。しかし弟子たちに、もう一人の助け主を遣わすと約束されました。それが御聖霊です。そして弟子たちは聖霊を受けました。

彼らは変えられました。中でもペテロは、大胆に十字架につけられたイエス様のことを語ったのです。その時なんと3000人の人がイエス様を信じ救われ、イエス様の弟子となったのです。
魂が救われるのは、人の働きではありません。神の働き、御聖霊の働きです。イエス様は、「水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができない」と言われました。肉体だけで生まれても、そのままでは天国には入れないのです。私たちは新しく生まれなければならないのです。新しく生まれるために、御聖霊は働かれます。御聖霊の御業によって私たちは新しく生まれ、新しく生きることができるのです。


1,罪を認める

聖霊の第一の働きは何でしょうか。罪を認めることです。認罪です。エルサレムの人たちはペテロの説教を聞いて心が指されました。それは聖霊の働きです。聖霊が心に働かれると、罪を認めさせられます。聖霊が働かれなければ罪がわかりません。エルサレムの人たちは、罪がわかりませんでした。盲目になっていて、そして、イエス・キリストを十字架に磔にしたのです。 そのことを、ペテロは大胆に語り「あなたがたは十字架につけた」とはっきりと指摘しました。そして、人々の心がその事実に突き刺されたのです。
私たちも救われる第一歩は、心の中にある罪がわかることです。そして、その罪の恐ろしさを知ることです。


2,悔い改める

そして第二のことは、悔い改めです。悔い改めとは、進む道を変えることです。方向転換です。今までは自分勝手な生き方をしていた、しかし今からイエス・キリストを救い主と信じて、キリストに従うと言うことです。ペテロはイエス様を裏切りました。最後までついて行くと、高慢になって言いふらしていたのですが、裁きの座に来たとき、小さくなり、隠れて、ついには知っているのに知らないと三度も嘘をついたのです。それが彼の大きな罪でした。しかし彼はその後、罪を認め、大声を上げて泣き、そして悔い改めて赦されたのです。
ところが、同じ裏切ったユダはどうだったでしょうか。彼は悲しみました。銀貨30枚は返しました。ところが、彼は真っ逆さまに落ちて、体は真っ二つに裂け、はらわたが全部飛び散って死んだのです(使徒1:18)。彼は懺悔したかもしれません。でも悔い改めなかったのです。懺悔と悔い改めはちがいます。懺悔しても救われないのです。私たちは、罪を告白し、そして悔い改めてイエス・キリストに従って行かなければ救われないのです。


3,バプテスマを受ける

そして信じたらどうするのか。バプテスマを受けることです。バプテスマとは洗礼です。単なる儀式ではありません。自分の罪が赦されて、救われた、新しく生まれ変わってイエス・キリストに従うという証しです。信じて従うという、実際的な行為、現れです。信じるといっても見えません。しかし、洗礼を受けるということによって、信仰が現されるのです。信じてバプテスマを受けるなら、救われます。しかし信じない者は罪に定められます。火と硫黄の燃えさかる池に投げ込まれます。地獄に行ってしまうのです。
ですからこそ、私たちはイエス・キリストを信じて救われる必要があるのです。そのために御聖霊は働かれ、私たちは罪を認め、悔い改めて、十字架の罪の赦しをいただいて救われるのです。救われた人には天国の希望が与えられるのです。


             (宣教者: 柏原教会牧師  西本耕一)