柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「収穫の喜び」詩篇126章1-6節

11月に入り急に気温が下がって冬を感じさせられます。23日は勤労感謝ですが、アメリカでは収穫感謝祭の日が第四木曜日にあります。
元々は、イギリスから新天地を求めてやってきたピルグリムファーザーズの人たちが厳しい冬に多くの人たちが死に、現地の先住民にトウモロコシの種を分けてもらって、翌年には沢山の実りを得て、共に収穫を祝ったのが始まりと言われています。 私たちもまた、非常に困難な中にいますけれど、神様は試練を乗り越えさせて下さり豊かな収穫を与えて下さることを信じるものでありたいと思います。


1,信じる者への回復

1節にシオンの繁栄を元どおりにされたとありますが、それは飢饉からの回復と、捕囚からの解放とそれぞれに意味があります。私たちにとって食べることは大切です。ですから、実りが豊かに与えられる事は嬉しいことです。それと共に、とらわれの身から解放され自由になることも素晴らしいことです。バビロンで70年間とらわれの身となっていたイスラエルの民が自由の身とされてエルサレムに帰ることができた。それは大きな喜びであったと思います。2節には人々が、「主は彼らのために大いなることをなされた。」と証ししている言葉がありますが、私たちもまた、様々な困難や苦難から救われて、自由となり豊かな恵みにあずかることができるのは幸いなことです。それは魂の救いを意味しています。
ルカの15章には放蕩息子の話があります。自分はできると過信していた息子は、飢饉の時に自分を助ける者は何もなく、飢えて死にそうになったとき、父を思い出し、そして悔い改めました。自分の惨めな姿を認め、そして勝手に出て行ったことをお詫びしたとき、回復の恵みが与えられたのです。彼は父の元に返っていき、赦され子とされ豊かな恵みにあずかりました。私たちも同じです。神のもとに立ち返ることができるのです。

2,収穫の喜び

地の産物は、人間の力で生み出すことができるでしょうか。それはできないのです。人間はただ種を蒔くことだけです。そして、自然の恵みを得て種は育てられ芽を出し、成長して豊かな実を実らせるのです。
天候が不順であったら、いくら世話をしていても実りません。全部だめになるのです。人間の力は非力なものです。自然の力には及ばないのです。
しかし、神様はあわれみ深い方です。私たちを顧み、涙の谷を渡るとも収穫の地にたどり着かせて下さることができるのです。
イスラエルの南部にネゲブという砂漠地帯があります。そんなところも、緑豊かになるときがあります。それは、雨期時に雨水は川となり氾濫し、その豊かな流れ地は潤され緑の地となるのです。
5節に、「喜び叫びながら刈り取る」と言葉がありますが、それは私たちに取って福音宣教の収穫の喜びであります。まさにいまは、種を蒔いても芽が出ない時期であります。聖書には御言葉の飢饉と言われているところがありますけれど、今の時代は救いの御業が乏しいのです。しかし、神様は私たちに約束されています。イザヤ書には、砂漠に川が流れると預言されています。それは「ネゲブの流れ」です。やがて、ペンテコステの時のように聖霊が降られると人々は神様を信じることが容易になるのです。ペンテコステの時にはペテロの説教を通して多くの人が心を刺され、悔い改めて救われました。
そのようなときが来ることを神様は聖書を通して、約束されておられるのです。私たちは忍耐を持って、約束を信じ、やがての時には救われた魂の束をかかえ、喜び叫びながら神様のもとに帰って行く者とさせていただきましょう。


  (宣教者: 柏原教会牧師  西本耕一)