柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「キリストの救い」コロサイ1章18-22節

この世には、正しくないも偽物が横行します。信仰の世界にも本物と偽物があります。この手紙には本物のキリストの救いが私たちに語られています。


1,キリストは神である

キリスト教の本物と偽物を区別するものが一つあります。それは、イエス・キリストをまこと唯一の神と信じるか否かです。キリスト教の三大異端と言われるモルモン教エホバの証人統一協会はキリストの十字架によって救われるとは信じていないのです。すなわちキリスト教と言っても、キリストによって永遠のいのちに預かることを言ってはいません。
しかし聖書は、私たちが救われるのはただイエス・キリストを信じることによってのみ救われることを示しています。ですから私たちキリストの教会は、イエス・キリストによって救われた者の集まりであると言えます。そして、私たちの教会のかしらはだれであるかと言えば、イエス・キリスト御自身であるのです。たとえば、死んでしまった人ならばもう何の働きもしません。働くことはできません。しかし、私たちはキリストが生きておられることを信じます。もし、キリストによる復活の希望・約束がなければキリスト教は意味のないものであると思います。しかし、キリストは死からよみがえられ、死に打ち勝たれ、その第一のものとなられたのです。それによって、あの弟子たちは信じ、2000年たってもまだ宣べ伝えられているのです。
なぜキリストがよみがえることができるのでしょうか。それは、キリスト御自身が神の本質だからです。簡単に言えば、キリストは神そのものです。人間が神になることはできません。しかし、全能の神が人になることは可能です。そのようにキリストは私たちと同じ姿の人間となって下さったからです。


2,キリストによる和解

キリストはなぜ、私たちと同じ人となってこの世に来られ十字架に掛かって死なれたのでしょうか。それは、私たちを神と和解させるためでした。和解というのはすなわち、怒りをなだめ仲良くさせることです。この世でも、裁判があり調停がなされます。和解金が支払われて和解が成立するのです。しかし、たとえお金が支払われても心から許せるでしょうか。おそらく難しいことであると思います。
しかし、キリストは十字架によって、その命をもって和解させて下さるのです。すべての怒りを身に受けて、そしていのちを捨てる愛をもって和解させて下さるのです。キリストは、私たちに十字架によって和解を与えて下さるのです。


3,心の聖潔

なぜ反目するお互いに和解が成立するのでしょうか。それは、彼らの心に神様が働かれ、心の醜さ、愛のなさ冷たさ、彼らの心の真相を見せられ、そしてそこから救われなければならない。自分の心の頑なさが赦されなければ、喜びがないことが互いにわかり、十字架によっていのちを捨てられたキリストにより、その罪の代価が支払われて自分が赦されたことがわかります。それで、イエス・キリストを信じることができるのです。
私たちも可能です。キリストは、私たちの心に現れ、癒され十字架の血潮によって罪汚れを洗い流しきよめてくださることができるのです。
私たちはもう一度、キリストの十字架を心の中で仰がさせていだだき、罪赦されて心に平安と喜びを満たしていただくものとさせていただきましょう。


          (宣教者: 柏原教会牧師  西本耕一)