柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「人生のゴール」2テモテ4章6-8節

この手紙はローマの牢獄で、ネロの迫害の最中テモテに宛てて書かれました。その中でも、彼の心は希望と喜びに満ちていました。


1,喜んで献げる

パウロはローマで伝道をして、捕らえられました。しかし、そのことはパウロにとって名誉であり喜びでした。なぜなら彼は「注ぎの供え物」と言っています。それは神殿で神に献げる葡萄酒をさしていますが、彼にとっては自らが神の献げ物となり、命をも注いで主にお献げする思いが表れています。
なぜなら、彼の命はイエス・キリストによって滅びから救われた。十字架が彼の贖い、すなわち罪の赦しを得て自由になり、神の愛の中に生きることのできる喜びを表しています。
世を去るとの言葉は、テントの杭の綱を解く、あるいは、船のロープを解いて岸を離れるという意味があります。彼にとってはまさに、暗黒のこの世を離れて、天の御国―主のみもとに行く希望が表れています。彼には死でさえも恐れではなく、新しい人生の旅立ち、幕開けであったのです。


2,信仰を守り通す

しかし、彼の人生は平坦なものではありませんでした。波乱の生涯であり、様々な困難がありました。まさに、信仰の戦士として戦い、勝利していったのです。
その勝利の秘訣は何だったでしょうか。信仰を守り通したと言うことです。何の信仰でしょうか。イエスを自分主とし従う信仰です。イエスこそ真の神、我が主と告白して従って行ったのです。
私たちは今礼拝しています。日曜に礼拝することはある意味困難かも知れません。仕事があったり、家のことがあったりします。しかし、何を私たちは大切にすべきでしょうか。第一にすべきでしょうか。それは、キリストの愛、罪の赦しです。これ以外に私たちのクリスチャンとしての生きがいはないと思います。赦されて生きる、これほど安息に満ちたものはありません。心の平安ほど大切なものはないのです。
今の時代でも、魂の平安を失って死んでいっている人は少なくありません。なぜ死を選ぶのか、安らぎがないからです、希望を見いだせないからです。ですから私たちには救い主キリストが必要です。私たちの弱さを身に負い、命を捨てて愛して下さる。守って下さる。赦して下さるキリストが必要なのです。パウロはその信仰を全うしました。彼は、不真実な人間でした。神に対して鞭を振るう人でした。しかし、彼も赦され愛されて生きる人に変えられたのです。信仰こそ私たちに必要です。イエス・キリストを信じる信仰によって生きるのです。


3,義の栄冠

パウロには目標がありました。人生のゴールです。それは何でしょうか。正しい審判者が、義の冠を授けてくださることです。義の審判者とはだれでしょうか、キリストです。天においても地においても一切の権威を授けられている方です。十字架に死んで、よみがえられたお方です。その方が、義の冠すなわち、あなたは十字架によって罪赦された、神に正しいと認められているという冠であり、勝者の冠です。マラソンで優勝した者に月桂冠が与えられました。そしてほめたたえられたのです。そのように私たちもイエス様から「全かつ忠なる者よ、よくやった」と褒められるのです。
パウロだけではありません。主を慕う者、その現れを待ち望む者にはすべて与えられるのです。私たちも、キリストを信じる信仰を全うし、走るべき行程を走り尽くして、イエス様の待っておられる天国、人生のゴールを目指して走ろうではありませんか。


                        (宣教者: 柏原教会牧師  西本耕一)