柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「感謝から希望へ」 詩篇 103篇 1∼5節

 今日は12月25日クリスマスの日ですが、2022年最期の日曜日、締めくくりの礼拝となります。

 

1,神様に感謝をささげる

 1年を締めくくるに当たり、私たちが神様にできることはなんでしょうか。それは感謝をささげることではないでしょうか。

 この1年様々なことがありましたが、それでも神様は私たちを守ってくださり今日を迎えることができました。それだけでも大きな感謝ではないでしょうか。

 神様が私たちに最も喜ばれることはなんでしょうか。礼拝することです。大きな働きをすることでもなければ、立派なことを行うことでもなく、何よりも礼拝することを神様は求めておられます。パウロはローマ 12:1で「あなたがたのからだを神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそあなたがたにふさわしい礼拝です」と言いました。

 またイエス様も「父は霊と真をもって礼拝する者を求めておられる」(ヨハネ 4:23)と語られました。

 このところでも、ダビデは「わがたましいよ、主をほめたたえよ」と神様をあがめ心から礼拝を献げている姿を見ることができます。

 

2,主が良くしてくださったことを忘れない。

 なぜ私たちは主をほめたたえるのでしょうか。それは主なる神様が私たちに良くしてくださったからです。

 ここに三つのことが出てきます。一つは「咎の赦し」です。この詩篇ダビデによると表題が付いています。ですから、ダビデが作ったと考えられます。彼は「咎」が赦されたことを感謝しています。彼をとがめたもの、彼は素晴らしい王様でしたが過ちを犯しました。バテシバとの姦淫の罪です。それを隠すために彼は、夫ウリヤを戦いの激戦地に送り殺してしまったのです。彼は罪を隠そうとしました。しかし神様は全てを知っておられたのです。預言者ナタンを遣わし、彼の罪を明らかにしました。彼はその罪を認め神の前にへりくだりお詫びをして赦されたのです。その罪のゆるしが、主の良くしてくださったことです。

 そして「すべての病 を癒やし」とありますが、彼が行ったことのもう一つの罪があります。歴代誌第一 21章に出てくる「人口調査」です。彼は高ぶりサタンの誘惑に合って兵士の数を数えました。それは高慢の罪であり、神様の嫌われることです。そのため、イスラエルの民は疫病に打たれて7万人が死にました。彼の犯した罪は大きなものであったのです。

 その時に、オルナンと言う人の打ち場で全焼のいけにえを献げ、赦されたのです。それは後に神殿が建てられるところとなりました。ですから、礼拝には神様に感謝をささげると共に、罪の赦しの意味もあるのです。4節に「 いのちを穴から贖われる」とありますが、死の滅びから救い出される。そのために代価が払われると言うことです。いのちの代価はキリストの十字架です。十字架によって罪が赦され、永遠のいのちが与えられるのです。それだけではありません。一生を良いもので満ち足らせると約束されています。良きものとは、聖霊です (ルカ 11:13)。神様は私たちの心を絶えず恵みと憐れみをもって満たしてくださいます。

 

3,鷲のように新しくなる

 「あなたの若さは、鷲のように新しくなる」とあります。
鷲は何年かすると、羽が生え替わるそうです。雨風に打たれて羽も弱ってきます。しかし新しい羽が生えると揚力が増し、高く舞い上がることができるのです。
イザヤ41:31「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼を広げて上ることができる」と約束されています。私たちはさらに高く引き上げられ、喜びと希望に満ちた人生を歩むことができます。

 走っても衰えない、歩いても疲れない、生きる力を与えてくださるのです。

 

(宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)