柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「新しい愛に生きる」第2コリント4章14-18節

今はお盆の時ですが、その由来は盂蘭盆会(ウルバナ)つまり倒懸(とうけん)―逆さ吊りからきています。伝説によれば仏陀の弟子目連の母親が餓鬼道に落ち、食べ物をやっても炎になる。仏陀に話すと、比丘に御馳走したらいい。それが由来です。残念ながら、母親がそこから救われたという話は聞いたことがありません。
私たちは魂が救われなければならないし、永遠の命の希望が必要です。幸いなことに、私たちには恵が溢れ感謝が満ちあふれ神の栄光が現される(15節)。と約束があります。


1,救いを知る

キリスト教の最大の特徴は復活の信仰です。私たちは死んで終わる人生ではなく、死んでよみがえり新しい命に生きる、天国に生きる希望があるのです。それは今から2000年近く前に、キリストが実証されたのです。
キリストが十字架に架けられ、弟子たちはおびえていました。その弟子たちに、キリストは現れ彼らを励まされたのです。それは聖書を見ると500人以上の人たちに現れたとあります。そして、彼らは約束されていたように、もう一人の助け主である御聖霊ペンテコステの時に弟子たちに降臨され、弟子たちは力を受けて、キリストの生き証人となったのです。
もはや彼らは死を恐れませんでした。たとえ死んでも、神の裁きの前に立つときにキリストがともにおられ弁護して下さり、共に天国で生きることを確信していたのです(14節)。


2,勇気が与えられる

キリスト教の救いは天国の希望だけではありません。むしろ実生活のなかに現実となって与えられます。今は猛暑が続いています。しかし、心の持ち方一つで爽やかな生活が可能です。そのためには16節にありますように、私たちの「内なる人」が強められる必要があります。
ここに内なる人と、外なる人が出てきますが何のことでしょうか。よく「内心うれしい」「外面を取り繕う」と言いますが、単なる人間の内外でしょうか。そうではありません。外なる人とは肉体や生まれつきの心であり、内なる人とは信仰によって新しく生まれた自分の霊性―新生した魂です。
それが日々新しくされるのです。私たちの肉体や気力は、ピークを過ぎると徐々に衰えてきます。しかし、私たちの内なる人は日々新たにされると約束が与えられているのです。すばらしいことです。
アメリカ大統領のジョン・クィンシー・アダムスが歩いていると「お元気ですか」と声をかけられ「いいえ、屋根の瓦は落ち、支え棒もしてますよ」と返事をしたそうです。相手は驚いて、「家はきれいだし頑丈ですよ」と言いました。しかし、彼は帽子を取ってほらこの通り髪は薄くなり、杖をついてます。「さあ早く引っ越しだ、引っ越しだ、天国へ引っ越しだ」と言って歩いて行ったそうです。彼もまた、死を恐れないで天国の希望を持って生きるクリスチャンでした。


3,天国に目を向ける

私たちの永遠のすみかはこの地上ではありません。天において神様は永遠に住むべきところを私たちに備えておられます。ですから、私たちはただこの世の現実だけに捕らわれて生きるのではなく、私たちに永遠のいのちを与え、住まいをも備えて下さる神様に目を向けるものでありたいと思います。イエス様の弟子たちも最初は自分のことしか考えていませんでした。しかし、イエス様の復活によって霊の目が開かれ、天国を、復活のイエス様を見るものとなりました。
その結果、彼らは目先の困難にくよくよしませんでした。(17節)むしろ、天国が近くなるのを覚えて、ますます喜びと感謝に溢れるものになったのです。私たちもイエス様を自分の救い主として信じるなら、人生は変わります。もはや自分のために生きる必要はありません。神様はすべての必要を満たして下さり、十字架にいのちを捨てる愛をもって、私たちの心をも満たして下さる方です。私たちは、古いこの世的な生き方をするのではなく、神に愛され、天国の希望に満ちた新しい恵に生きるものとさせていただきましょう。


                (宣教者 柏原教会牧師  西本耕一)