柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「生活の刷新」使徒19章8-20節

8月になりましたが、まだ梅雨が明けずうっとうしい天気が続いています。私たちも生活がしめりがちになることもありますが、神様は私たちの心に働かれ、うっとうしさも解消して下さいます。神様の恵みを頂いて晴れやかな心でいたいと思います。 今日は「生活の刷新」ということで聖書を見ていきましょう。


1,困難がある

パウロ小アジア(今のトルコ共和国)のエペソという町に行って伝道しました。以前もそこで伝道したことがありました。地中海岸にあり、交通の要である重要な町です。アルテミスの大神殿があった偶像礼拝の盛んなところでした。
しかしそこでも大胆に神の国すなわち、神様は私たちを救い苦しみから解放し自由になれることを語りました。ところが、人々は心をかたくなにし、なかなか受けいれようとしなかったのです。それでもあきらめることなく、ツラノの講堂で2年間も神の国のことを話したのです。ツラノ講堂は当時、哲学者や教師が自由に論じ教え学ぶところでした。そこにパウロも参加して、キリストのことを話したのです。それで多くの人たちは救いの言葉を聞くことができました。(10節)
私たちも、たとえ他の人が心をかたくなにし聞くことがなくてもあきらめないで福音(Good News)を伝えていきたいと思います。


2,神は働かれる

神の国を宣べ伝える中に、神様は何もされないでしょうか。決してそんなことはありません。福音が伝えられる中に神様は明らかに働かれます。そして、人にはできない事もなされるお方なのです。神様は、パウロの手を通して働かれました。彼は天幕職人(テントメーカー)で仕事のときは前掛けや汗ふきを身につけていました。それを病人が触るといやされたのです。かつてイエス様が通りを歩いておられたとき、長血を患っていた女の人が衣のふさでもさわれれば癒されると信じいやされたことがありました。まさに同じことがパウロを通してなされたのです。そして人々を苦しめる悪霊さえも追い払うことができました。神の国はただ言葉だけではなく、現実に神が働かれ人は癒されもし、悪霊も逃げて行くのです。


,私たちの生活は変えられる

パウロの奇跡を見たユダヤ人の祈祷師(祭司長スケワの7人の息子)がまねをしてイエスの名で悪霊を追い出そうとしました。しかし、逆に悪霊に取り憑かれた人に打ち負かされ、裸にされキズを負って帰ったのです。このことを通して、エペソの町では恐れの念が生じました。
このことを通して、神の働きは、信じる信仰が必要であることがわかります。魔よけ祈祷師たちにはイエス・キリストを信じる信仰はありませんでした。しかし、パウロにはキリストを信じる信仰があったのです。そして神様はパウロを用いて、神様が働かれたのです。(11節)パウロが奇跡を行ったのでなく、パウロを使って神様は奇跡を行われました。願わくは私たちも、神様に用いられて神の御業がなされる者でありたいと思います。
そして、人の心に恐れの念、神対する畏敬の念や主イエスの御名をあがめるとき、人に変化が起こります。ここでは2つのことが起こりました。
第一のことは、自分をさらけ出したことです。私たちはなかなか思うことが言えません。特に日本人にはその傾向が強いと思います。それが心にたまってストレスになったり、うつにもなります。大きな社会問題です。しかし、真の神を畏れ、主イエスの御名をほめたたえるとき、変わるのです。大胆になれます。あの偶像崇拝の盛んなエペソの町の人たちは、イエス・キリストを信じて変わったのです。信仰にはいった人たちは、自由になりそして大胆に自分をさらけ出して言うことができるようになりました。自分の欠点恥をも隠さず、救って下さったキリストの御名をほめたたえたのです。あなたは主をほめたたえているでしょうか。私たちも主イエス・キリストの内にあって、大胆に素顔で語りたいと思います。
第二のことは、魔術をやめたと言うことです。なんと人々は魔術の本を持ってきて焼き捨てました。銀貨5万枚とあります。今のお金で500万円くらいでしょうか。おびただしい量の本だったと思います。それらを焼き捨てました。彼らは大きな決心をしたのです。今まで占いや魔術に頼っていた。そんな生活から、真の生ける神、キリストを信じる生活に変えられたのです。そして、魔術や占い、他人に頼らない神に生かされる大胆にダイナミックに生きる人になりました。
願わくは、私たちも心の中が新しくされ、癒され、悪しきものが心の内から追い出されて、刷新させていただきたいと思います。
イエス・キリストを救い主と信じるなら、私たちの心は刷新されるのです。(?コリント5:17)


                       (説教者:柏原教会牧師 西本耕一)