柏原教会 今週の礼拝メッセージ(要旨)

日本イエス・キリスト教団 柏原教会の礼拝メッセージ要旨

「主に育てられる」エペソ6章1-4節

6月第三日曜日は父の日です。母の日が5月にあり、父の日もあって良いのではないかと、できた逸話がありますが感謝することは良いことです。聖書は私たちに「父と母とを敬え」といっています。

1,主にあって敬う

1節に子どもたちに対しての勧めがあります。「主にあって」とあります。盲目的に両親に従えと言っていないのです。主とはだれか、イエス・キリストです。イエス・キリストが行われたとおりに、また、イエス・キリストが喜ばれるように行うことです。
イエス・キリストはどうされたのか。ルカの2章を見るとわかります。12歳の時、過越の祭りに両親と共にエルサレムに行きました。ところが、帰りの時わからなくなったのです。宮で教師たちと論じ合っておられました。イエス様は「父の家にいることがわからなかったのですか」と言われました。それからどうされたのか。ナザレに帰って両親に仕えられた(ルカ2:51)とあります。そして、公生涯に立たれるまで18年間仕えられたのです。イエス様の生涯は一言で言うなら、従順の生涯であったということです。父なる神に従い、そして人を愛し僕として仕えられたのです。最後の晩餐でも、イエス様は腰に手ぬぐいをし、弟子たちの足を洗われました。そして十字架の死に至るまで父なる神様に従い通されたのです。
そうする者を神様は祝福されます。幸せになることができます。また、長生きすることができます。神様は、従う者に恵みを与えて下さるのです。


2,主によって育てる

そして4節には、父親に対する勧めが記されてあります。子どもを怒らせてはならない。それは叱ってはいけない、とか注意してはいけないとはニュアンスが異なります。
リビングバイブルでは、「反抗心を起こさせたり、恨みをいだかせたりしてはいけません」詳訳聖書では「徴発して怒らせる、憤慨させて怒らせる」とあります。感情を逆なですることはいけないことです。感情にまかせて怒ることではありません。
リビングバイブルでは「主がお認めになる教育と、愛のこもった忠告や助言によって育てなさい」とあります。
密林の聖者と呼ばれてアフリカで医療活動をしたシュバイツァーは、子どもの頃母親と一緒に礼拝に出席していました。内容はわからないけど、神に対する畏敬の念が心に与えられ、彼はアフリカの人たちを愛し、その生涯をささげたのです。その原点は親と一緒に神を礼拝する、神を畏れる心が培われたところにあったのです。
ですから、子どもたちに接する私たちも、自分の知識や経験だけで子どもを教えるのではなく、主なる神様の訓練・訓戒が必要であり、キリストの愛にある助言・忠告をもって子どもたちを育むことが大切です。それをなされるのは、私たちではなく、私たちを通して働かれる御聖霊です。私たちは何を語ったら良いのか、どう話して良いかわかりませんが、まず私たちは、聖書を通して、神様から学び、得たことを子どもたちに身をもって教えていくならば、彼らは健全に成長し、主に喜ばれる者となるのです。
親と子との関係の中にも主なる神様は豊に働かれ恵みを与え祝福して下さいます。

                         
                              (宣教者:柏原教会牧師 西本耕一)